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その辺の漫画描き「牛帝」のポータル的ブログでした(引越しました)
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長文&自分語り注意。

構成:
(1)高すぎる壁に挑んでしまい、「好き」という気持ちが曲げられてしまった。
(2)陶器の器は黄金の器にはなれない。「身の程」というものがある。
(3)黄金の器を目指すのはやめ、身の程を知って、のびのびと楽しんでベストをつくす。

 ~~~

(1)高すぎる壁に挑んでしまい、「好き」という気持ちが曲げられてしまった。

過去の絵や原稿を整理がてら見返してみました。00年以降くらいの絵は、大部分を捨てずにとってあるので、結構すごい分量です。カラーボックスが一個丸々埋まるくらい。

DVC00030.jpg

今まで、楽しんで絵を描いた記憶がほとんどないので、自分は絵が好きじゃないと思ってたんですが、過去原稿に触れてみて不意に思ったのは、
「実は俺、絵が好きなんじゃないか」
と。

描いてる時は気乗りしてない印象でも、現に目の前に、10年くらいにわたって延々描き続けた絵や漫画の山があります。何の収入にもならないのに、むしろ人生の足を引っ張ってるのに、これだけ描き続けるというのは、「好き」ということ以外では説明つかないんじゃないでしょうか。

もちろんそれは、「毎日10時間描き続ける」というレベルの「好き」ではないのですが、静かに、しかし確実に好きな気持ちはあると感じました。

 ~

不幸は、才能がないのにプロを目指してしまったことです。そこで散々挫折させられ、プロを目指すために、思考と打算と効率で絵を描くようになってしまった。また、そういう期間が長く続きすぎた。
やがて、「絵は手段でしかない」と考えるようになり、「絵が好き」という当初の気持ちを完全に捻じ曲げられてしまったのです。

01年ごろの絵を見ると、今に比べると全然下手ですが、一枚一枚趣向を凝らしていて面白い。一生懸命楽しんで描いているのが伝わってきます。
最近の絵は、当時に比べると上手くはなってるものの、惰性で描いていて、面白くない。画力は上がってますが、「絵ごころ」が失われてしまってます。

 ~

才能がないと書きましたが、僕でも一般人と比べれば、だいぶ才能あるほうです。
……が、言わずもがな、プロに一生をかけてくるような連中は、「才能」も「好きさ」も次元が違う。一般人の中では「できる方」の僕でも、そういう連中と比べられてしまうと、圧倒的に才能がない。一般人の中ではすごくても、絵描きの中では「普通の才能」です。

そんな、普通の才能しかない人間が、高すぎる壁に挑んでしまった。その辺のあんちゃんが、いきなりボクシングの世界ランカーに挑むようなことをしてしまった。
当然、惨敗して、大きなダメージを負う。戦うのも嫌になるようなダメージです。

 ~~~

(2)陶器の器は黄金の器にはなれない。「身の程」というものがある。

それでも時がたてば立ち直ってきます。じきに、悔しさをバネに猛努力を開始します。漫画はいくらでも再挑戦ができるので、がんばって描いて、満を持して再び持ち込む。
しかし、「プロ」という高みは、並大抵の努力ではカスリもしない。

……いや、某プロ漫画家さんが、
「努力は無駄じゃないけど、プロは努力で埋められないところにある世界だなとよく思う。最初から持ってないといけないものがかなり多い」
と言っていた世界で、猛烈に努力してもなおカスリもしない。

自分がプロスポーツ選手になれるなどとは夢想だにしませんが、絵や漫画はなぜか、自分もプロになれるのではないかと思ってしまった。しかし、普通の才能の人間がプロを目指すのは、どうしても無理がある。
手持ちのきれいな石が、ただの石ころと知らず、がんばって磨いたらダイヤになるのではないかと思い込んだ。そして、人生の大半を注いで必死に磨いた。
何の実も結ばない上に、いろんなものを失い、精神的にもゆがんでしまった。

 ~

「才能がないとプロにはなれない。凡人は努力しても無駄」
昔はそういう考えが死ぬほど嫌いでした。逃げ口上だと思ってました。
しかし、実際に10年くらい実地検証して、プロの漫画家さんとも交流して、見えてきた現実は、

「才能がないと、まずどうやってもプロにはなれない」
「プロの多くは、生活の全てを努力にかけてなどいない」
「才能がない人間がプロを目指すと、とてつもないストレスがかかり、精神的にゆがむ」
「才能がないからとプロを諦めることは、負けであり恥と思って逃げないと、長期的には取り返しがつかないレベルの怪我を負う。強すぎる敵からは逃げることが肝心」

ということです。

天才でない人間が、天才と身を並べようとすれば、どこかで嘘をつくか、理不尽に挫折するかしかありません。どっちにしろ不幸なことです。

 ~~~

(3)黄金の器を目指すのは止め、身の程を知って、のびのびと楽しんでベストをつくす。

陶器の器は、どう磨いても黄金の器にはなりません。それを無理して磨き続ける生き方は、精神や人生をゆがめてしまいますし、作品も萎縮してしまいます。

読み切りを描いては持ち込みで蹴られ、友人にも微妙な顔をされるという漫画ライフを送っていると、どうしても漫画が縮みます。そういう状態で描いた漫画は、こじんまりとまとまるけれど、魅力や爆発力に欠けることが多い。

僕はプロになったことがないので、どういう作品がプロで通用するのかはわかりませんが、少なくともWEBでウケるのは、伸び伸びと描かれた爆発力のある漫画です。
「俺はこれが描きたいんだぁぁぁぁ!!」
というような気合や、作者の変態脳がだだ漏れになっているような作品。それが面白いし、ウケる。
逆に、萎縮して描かれた作品は、技術的に高度でも、なにかいまいちノれない……みたいなところがあります。

もっとも、どんなにWEBでウケている作品でも、当然、プロから見ればド下手ですし、才能も感じられないでしょう。でも、そこには、「好き」という気持ちがあふれてますし、陶器の器でしか出せない味と魅力がつまっているはずです。
陶器の器なのに、黄金の器に改造しようと背伸びした代物より、陶器としてベストをつくした器の方が、素敵だし面白いと思います。少なくとも僕は、ほとんどの商業誌作品より、「格闘の丼」の方が好きです。

絵でも漫画でも、自分の世界をバンと打ち出す。気に入った人から「次を描いて!」という声が上がる。その声に気をよくしてまた描く。さらに次を要求される。その繰り返しで、気がついたら何百枚も描いていたというのが理想です。楽しんで何百枚も描くと、自分の得意技が磨かれてきますし、基礎力も格段に上がります。

もっとも、WEBでいくら描いたところで、プロにはなれないのかもしれません。でも、下手にプロを志向して、内容的にも枚数的にも萎縮してしまうよりは、のびのびと楽しんで枚数を描いた方が、まだプロには近づける気がします。

 ~

「100点以上」を目指すのは、賢くない生き方です。陶器の器を黄金の器にしようというのは、100点のテストで、200点、300点を取ろうとするようなもの。どうしても無理がある。失敗する可能性が猛烈に高い「ギャンブル」です。
1万人いれば1人か2人は成功するのも出てくるのかもしれませんが、99%以上失敗して、結果、ゆがんで萎縮してしまいます。

それよりは、
「とりあえず赤点を取らなければおk。10回に1回「101点」を取れればいうことなし」
というくらいのユルい向上心の方が、永続性がありますし、身につくと思います。

無理して背伸びをすれば、どこかで挫折します。才能的にも技術的にも「身の程」というものを知って、その中で楽しみつつベストをつくす…… 一流のプロを目指す人からは怒られるようなユルい考えですが、身の程を確認もせずに、めくらめっぽう一流を目指すよりは、よっぽど「現実」に対して誠実なスタンスではないでしょうか。
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コメント
この記事へのコメント
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2009/10/16(金) 22:56 | | #[ 編集]
要するにプロは諦めるってこと?
2009/10/17(土) 07:10 | URL | 本当にあった怖い名無し #-[ 編集]
両方とも、僕がプロを諦めるという前提での発言でしたので、お二人まとめてレスさせていただきます。

>要するにプロは諦めるってこと?

いえ、そういう諦める諦めないの単純な問題ではなくてですね…
かなり回りくどく感じるかもしれませんが、以下に説明します。

プロを志望すると、普通は最短ルートを目指しますよね。読み切りを一作描いてすぐ持ち込みor投稿というルートです。そういうルートを取って、2~3年でなんらかの成果を残せるのでしたらいいのですが、僕はそうはならなかった。
そういう状態で長い年月がたってしまうと、心が「最短ルートの袋小路」とでもいうべき迷宮に入ってしまうんです。
端的にいうと、僕の心の中が縮み上がって衰退しちゃうんです。

心を、そういう「よくない形」のままにしておくと、長期計画を立ててトレーニングしていければデビューできるだけの才能があったとしても、多分勝ちの目は消えてしまうんです。

たとえば、机の上がとっちらかってて、作業もままならないときは、多少時間をロスしてでも、まずは机の上をキレイにするのが基本ですよね。同じように、心の中がこんがらがってどうにも身動き取れないようなときも、まずは整理整頓して、「よい形」にしておくべきだと僕は思っています。
漫画や絵も、いったんプロから離れてでも、後々のために心の中を整理しようと思ったわけです。

結果、プロになれれば万々歳ですし、なれなくても人生を次の局面に進めやすいですし、また、兼業作家という道もあります。
少なくとも、
「漫画だけで飯を食わないと死ぬ。しかしどうにもならない…」
という問題でがんじがらめにされ、身動きが取れなくなっていた時代よりは、自由になれると信じています。
2009/10/17(土) 14:55 | URL | 牛帝 #-[ 編集]
こちらの思惑と少し違うみたいなので書き込みを復元させて貰いました。最初に書き込みした者です。レスは要りません。

悲観的になってるみたいなので客観的な感想を一つ。他人のと比べてもおんぷはいけてるよ。
そのおんぷを中途挫折しても何とかなってしまう環境にいるのが今の貴方なんだと思う。
だから同人王を描いている。
今出来る事を頑張ってください。
プロとアマの違いなんてコネの有る無しでしかないんだから。
2009/10/17(土) 22:32 | URL | ・・・ #IjUZIPhA[ 編集]
誠実な考え方です。
他の漫画描きにもあてはまるのがこわい。無論私にも。

気付いたんですね。
ご自分で気付くことが
なにより大切なことじゃないですか!

そうと決まったらあとは
動くだけですよ

おめでとうございます!
2009/10/18(日) 22:43 | URL | ダリダーバ #-[ 編集]
・・・さん

>受け取り方がこちらの思惑と少し違うみたいなので

すいません、だいぶ違う受け取り方をしちゃってたみたいですね、申し訳ない。

>悲観的になってるみたいなので客観的な感想を一つ。他人のと比べてもおんぷはいけてるよ。
>そのおんぷを中途挫折しても何とかなってしまう環境にいるのが今の貴方なんだと思う。

まさかおんぷを今褒められるとは…ありがとうございます。しかし確かに、そういう環境のユルさってこともあるかもしれませんねー…

>プロとアマの違いなんてコネの有る無しでしかないんだから。

いやぁ、実際描いてみると、ごく一部を除けば、やはり厳然と技術水準の差がありますよプロとアマは…


ダリダーバさん

>そうと決まったらあとは
 動くだけですよ

最初「あとは働くだけですよ」と空目してなんともいえない気分になりましたが、「動くだけ」でしたねw そうっすねーあとは行動ですね。
2009/10/20(火) 12:46 | URL | 牛帝 #-[ 編集]
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